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水苔の袈裟掛け童子と隠れキリシタン像

苔袈裟掛け童子
苔袈裟掛け童子

會津には、安政の世から興味深い真実の伝説が数多くあります。
その中でも、会津磐梯山の麓には不思議な「首無不動尊」と言う神社がある。首が無い不動様なのかと思いきや、「くびなしふどうさま」地元では「ずなしふどうさま」とも呼んでいる。そこには正真正銘の大明神様が祀られていた。

 社殿近くにある滝の水は清らかで、梅雨時期でも濁ることは少ない。昔から、目の病を癒すために清水洗浄に県内外から訪れていました。今回は、普通の不動尊参拝では見逃しやすい滝裏の童子様を見てみましょう。その姿は、数百年にも及ぶ水苔を袈裟掛けにして佇んでいました。発見した瞬間に、心の底から奮い立つような感動的な場面でもあります。この不動尊には、野口英世の母シカも祈願していました。

首無不動尊清水
首無不動尊清水

首無不動尊から近い場所に、安政2年開業の押立温泉さぎの湯旅館があります。昔からの湯治宿で、今でも数少ない温泉保養宿としてお客様が来訪しています。磐梯山登山には、猪苗代リゾートゴンドラを利用すれば、1時間半で登頂できます。この温泉宿には、数百年自噴している硫黄泉があります。泉温は25度程度ですが、その泉質効能には驚くほどの効能があります。残念ながら、昭和50年代以降使用していません。其れは余りにも強い硫黄泉質で、ボイラーが破損してしまうからです。現在では温泉として入浴はできませんが、浴場の窓を開ければ安政の湯を見る事が出来ますよ!

「隠れキリシタン様ではないか?」
 湯船から外の景色を眺めていると、真弓の木の下に何やら仏像らしきものが見えます。此れは、見るからに日本の仏像ではなく西洋人の容姿を一刀彫で清めた女神様なのです。猪苗代に、何故他国の女神様が存在するのでしょうか?
戦国時代、猪苗代村人の殆どがキリシタンだった。城主が変わり、弾圧されてキリシタン崇拝者処刑後も、隠れキリシタンとして残存していたと書き残されています。野口英世も教会で洗礼を受けています。

隠れキリシタン像?
隠れキリシタン像?
安政の湯樽
安政の湯樽

会津のキリシタンと言っても、中々ピンとくる方は少ないと思います。
私も、以前会津関連の書物に載っていた記事を見て、初めて知りました。
福島県会津におけるキリシタンの原点は、戦国時代にまで遡ります。伊達政宗に替わって会津の領主となった蒲生氏郷が原点なのです。キリシタン大名としても知られた氏郷は、高山右近や前田利家とも親しく、南蛮文化を取り入れていきました。秀吉から会津42万石を渡されます。後に領地は92万石へと加増されます。彼は茶道では千利休七哲(※高弟七人)の一人に数えられ、利休の死後その子少庵を会津領内に保護し、後の茶道三千家への道筋を作ったのです。(書物参照)
会津観光詳細は下記参照できます。
会津若松の公式観光情報サイト【会津若松観光ナビ】
www.aizukanko.com/

温泉保養
温泉保養
温泉カレッジ
温泉カレッジ

「温泉湯治」
さぎの湯は、昔ながらの長期滞在しての湯治療法する事もできます。朝夕に、近隣を散策しながら、懐かしい昭和ロマンを振り返ってみては如何でしょうか。
宿泊料金:平日7,000円~連泊可能です。磐越西線猪苗代各駅より個人送迎。登山口までの送迎。団体様にはバスの送迎あります。
※詳細は下記までお問合せ下さい。

〒963-3286 福島県猪苗代町押立温泉
会津観光と温泉保養:さぎの湯旅館
TEL:0242:65:2515
http://www.saginoyu.biz

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