山そして自然にふれあう楽しみを、親しみやすいタッチで表現した人気漫画『山登りはじめました』シリーズ(KADOKAWA)。その著者である鈴木ともこさんファミリーは、もちろん大の山好き! そんな鈴木ともこさんのご家族とともに、名湯と紅葉で知られる安達太良山へ、2泊3日の山旅に出ました。
北アルプスを見渡す松本市から電車を乗り継ぎ、はるばる福島県までやってきた鈴木ともこさん一家。ともこさんとご主人のけんごさんに連れられた長男のやまちゃん(8歳)と次男のおーちゃん(5歳)は、長旅にもかかわらず、元気いっぱい! さっそく福島県内で評判の麺処「若武者」で腹ごしらえです。
青森シャムロックの丸鶏を使用、澄んだスープに濃厚な味わいを秘める逸品「塩鶏中華そば」は730円。もうひとつのおすすめ「濃厚福島鶏白湯(880円)」とともに満喫!
続いて鈴木さん一家が向かったのは「東北サファリパーク」。1100を越える動物や鳥たちが暮らす同園は、サファリパークマニアの間で知られた存在だとか……。
まずは、と入った「東北サル劇場」でいきなりびっくり! 2頭のサルと相方を務めるお兄さんとお姉さんとの呼吸がとにかく見事!! 爆笑を誘うとともに、その芸の確かさにうなることしきり。
(上)サル劇場でボールを投げるおーちゃん。このあと舞台上に!
(下)アシカショーで輪投げに挑戦するやまちゃん。
続いては、動物放し飼いエリアでのドライブ。なかでも草食動物エリアでは車内から動物たちに餌をあげることができ、それを目当てに集まる動物たちが、窓の隙間からこんにちは。
この動物との距離感の近さこそが、「東北サファリパーク」の人気、その最大の秘密だとか。巨大なバッファローが窓から首をねじ込んでくるその迫力に、動物好きの兄弟は大喜び(大人一同は驚愕)!
窓の隙間からラマさんがこんにちは。この動物たちとの距離の近さが「東北サファリパーク」の人気の秘密。背後で待っているのは、意外と舌の長いキリン。
その後、ゾウに乗って散歩を楽しみ、エリマキキツネザルを抱きしめるなど、動物たちとの触れあいを満喫。全身で喜びを表すおーちゃんがひと言。
「明日のお山でも動物に会えるかな」
(左)「サルのふれあい楽園」でエリマキキツネザルにごあいさつ
(右)ゾウに乗ってお散歩。眺めはどう?
(左上)奥岳登山口からくろがね小屋を目指して出発!
(右下)ガイドの渡辺さんとともに準備体操。
「あっ、またどんぐりっ!」
きりりと冷たい空気のなか、おーちゃんの声が森にこだまする。この朝、鈴木さん一家は地元ガイドの渡辺茂雄さんとともに、奥岳登山口からゆっくりと歩きはじめた。やがて道がふたてに分かれると、渡辺さんは子どもたちにも歩きやすいうえに渓流散策を楽しめる、遊歩道コースに進路をとった。
(右)魚止めの滝の上流に広がる、昇竜の滝。
(左)遊歩道コースを歩くと、やがて現れた魚止めの滝。
「このきのこはなんて言うの?」
森の息吹を手にしたやまちゃんが、渡辺さんに声をかける。かたわらのおーちゃんは真剣な顔で小さな赤い実を手にしている。子どもたちと歩く山はとても穏やかで、大人には見つけることのできない発見にあふれている。
じわじわと標高をあげるほど、あたりは錦に彩られてゆく。
キリンの首のような形の木にまたがる。ガイドの渡辺さんによると、くびれは雪の重みからだそう。
日だまりでの休憩時、けんごさんはふたりを呼び寄せると、カラフルなラムネでいっぱいになったナルゲンボトルを取り出した。元気の素を口に放りこんだ兄弟は、いっそう陽気に歩いてゆく。登りはじめて4時間ほど、ある曲がり角の向こうに、紅葉に浮かぶ山小屋の姿を発見した。
(左)標高をあげ、勢至平を越えると、あたりはにわかに色づく。
(右)ようやく見えたくろがね小屋は錦秋の海に浮かんでいた。
「こんにちは~!」
ふたりが元気よく引き戸を開くと、高大な吹き抜けの空間が現れた。柱や梁、階段や壁に使われた木材は美しく歳を重ねており、小屋の歴史を静かに物語っている。
まずはとすすめられた温泉はきれいな乳白色。聞けば、pH2.48とレモン並みの酸性泉が疲労を回復させ、不思議と肌をつるつるにしてくれるのだとか。浴槽の窓を開けると見渡す限りの紅葉が。肩まで深くつかると、冷えたからだが心地よくほどけてゆく。
(上)岩の間から流れる源泉そのままという、評判の温泉。「人生最高の泉質でした!」とともこさん。
(左下)小屋の内部は、木材が多く使用されている。年月に磨かれ、美しい風合いに。
(右下)かつて、麓の岳温泉まで8kmにわたって温泉を通したという湯樋。アカマツの木をくりぬいて管にした。
夕食は山びとに愛される、くろがね小屋秘伝のカレーライス。
「今日はお子さんがいらっしゃるということで、辛みは抑えましたよ」
厨房からひょっこりと顔を出すのは、小屋番の佐藤敏夫さん。さっそくいただいてみると、優しい酸味と甘みが疲れたからだに染みこんでゆくよう。食後は佐藤さん、スタッフの田畠翔さんを交えて一杯、山にまつわる古今の話を聞かせてもらう。小屋がすばらしいから素敵な人が集まるのか、それともいい人が来るから小屋の魅力が引き立つのか……。
(上)ランプの灯でいただく夕食。まるで、物語の世界へまぎれこんだよう。夕食は「タマネギをていねいに炒めています」という、評判の欧風カレー。
(下)気軽にサインに応じるともこさん。
ともこさんがぽつりとひと言。
「こんなにあたたかく子どもたちに気を配っていただけると、親としてありがたいし、家族で山にきてよかったと、心から思えます」
(左)子どもの頃から両親と安達太良山に登り、去年の夏からスタッフを務める、田畠翔さん。そのユーモアとあたたかさで子どもたちのハートを鷲摑み!
(右)静かに更けゆく小屋の夜。
くろがね小屋(2024年3月現在 建て替え工事のため営業休止中)
「昨晩は、今シーズンでいちばん気温が下がったから、紅葉が進んだんじゃないかな」
出発前、佐藤さんはそんな言葉とともに送り出してくれたが、小屋の外にはたしてその通りの世界が広がっていた。
(上)峰の辻の手前から、渓を埋め尽くす紅葉を見下ろす。
(左下)ひと晩、お世話になったくろがね小屋のみなさんと。
(右下)歩みを進めるほどに、山々は色づいてゆく。
やまちゃんが思わず声を漏らす。
「赤と黄色のお祭りだっ!」
それを受けて、おーちゃんも声をあげる。
「またまた、ナナタマゴ(ナナカマド)だっ!!」
くろがね小屋から峰の辻まで、錦秋の海を泳ぐように歩いてゆく。そうして稜線に出ると、あたりの風景は一変、火山の様相を呈しはじめた。そんななか、ぴょこんと飛び出した安達太良山頂まで、たおやかな稜線が続いている。
「この、牛ノ背から眺める安達太良の景色が好きなんです」
ガイドの渡辺さんがにっこり笑う。
ときおり強い風が吹くと、ともこさんとけんごさんはふたりを上着で優しくくるむ。
(上)すっかりごきげんさんのおーちゃん。ともこさん夫妻が子どもたちのやる気と興味をていねいに引き出してゆく。
(下)牛ノ背から山頂へ。頂上はあと少し!
歩きはじめて3時間30分ほど、小さな岩場を乗り越えると、そこは安達太良山頂だった。和菓子職人でもある渡辺さんは自慢の「くろがね焼き」を取り出して、子どもたちに食べさせる。おーちゃんはやった―と声をあげ、やまちゃんは静かに和尚山へと続く稜線を眺めている。
(上)岩場を越えると……。
(下)安達太良山の山頂に! ふたりとも、よくがんばりました!!
(上)旅の最後、紅葉に抱かれて記念撮影。うしろに見えるぽっちが安達太良山頂。
(下)やまちゃんの名言「赤と黄色のお祭りだっ!」に声を失う……。
山頂をあとに、ロープウェイ山頂駅を目指して、下山の途へ。標高を下げると、登山道はふたたび紅葉の海へと飲み込まれてゆく。
ロープウェイへの下り道は、山頂を目指す多くの人でにぎわい、おじいちゃんからお孫さんまで3世代の家族連れ、そんな姿も目についた。
「やっぱり地元に愛される山なんですね」
ともこさんがそっと漏らすとひと言に、渡辺さんは嬉しそうに笑っている。
(上)ロープウェイを使って下山。山でのケガの多くはくだりで起こるので、下山での利用が賢明。
(下)奥岳登山口のレストハウスでお昼ごはん。
旅の締めくくりは、山頂が見える紅葉のなかで記念撮影。ここまでずいぶん写真を撮ってきたが、そのたびに、ここがいちばんきれいかもしれないと思ってしまう。けれど、よく考えてみると、山旅自体、そんなところがあるのかもしれない。前回もよかったけれど、今回も素晴らしかった。だから次もきっと……。
そんなことを思っていると、やまちゃんがともこさんを見上げてにこっと笑った。
「次はどこのお山に連れていってくれるの?」
この景色を胸に、次の山旅へ
安達太良山の登山コース紹介や観光についての情報はこちらにも掲載しております
中通りエリア
※本文中の行動時間は、今回の取材(子ども連れの所要時間)を記載しています。
迫力のある稜線とどこかの惑星を思わせる神々しい火口、そして紅葉の美しさと人生最高の泉質ともいうべきくろがね小屋の温泉……いままで来なかったことを後悔するほど素敵な山でした。なかでも、渡辺さん、佐藤さん、翔さんをはじめとした地元の方々の、控えめでシャイだけど、あたたかいみなさんの人柄が印象的です。
そうして、終始元気よく歩いた長男の成長と、泣き言を交えつつものびのび楽しんでいた次男の発想、その豊かさが、親として嬉しかったです。これからも家族で山に登り続けたいと思います。
わたしは基本的に「誰かと登る山」が好きなんです。なかでも子どもと行く山では、小さな葉っぱや石、川の水や虫たちなど足元の自然が、いきいきと映えるような気がします。
子どもに楽しんでもらうコツは、よく話しかけること。そうすることで、いつもよりも濃密なコミュニケーションがとれ、日常とは違う発想や成長を垣間見ることができるんです。家族で山に行くことの意味は、毎日の生活よりも少し不自由な環境のなかで、なにが大切かを、子どもたち自身が気づいてくれることだと思っています。
鈴木ともこ
漫画家・エッセイスト。『山登りはじめました』シリーズなど著書多数。
山の楽しさや魅力を、書籍やテレビ、トークイベントなどを通じて伝えている。
Instagram:@suzutomo1101
公式サイト:鈴木ともこさんWEBサイト
昭和27年創業の和菓子店。昭和28年のくろがね小屋の誕生に合わせて「くろがね焼き(8個980円)」を考案、岳温泉を訪れ、山スキーを楽しまれた高松宮殿下への献上品としても知られる。黒あめ(250円)などとともに、行動食にも最適。
二本松市岳温泉1-13
8:00~18:00
玉川屋Facebookページ
昭和25年創業の豆腐店。寄せ豆腐(185円)、ざる豆腐(185円)などの販売のほか、テーブル席で豆腐各種やところてん(220円)、みそおでん(240円)、搾りたての豆乳(100円)などが味わえる。
二本松市岳温泉1-113
8:30~18:00
奥岳登山口に位置する、疲労回復、美肌効果に定評のある、絶景露天風呂が名物の温泉。くろがね小屋から運ばれるなかで、源泉とはひと味違う、適度に湯揉みされた、やわらかい泉質を楽しむことができる。
二本松市永田字長坂国有林13-林班
10:00~18:00 最終受付17:30
入湯料:大人(中学生以上)650円/こども(4才~小学生)450円
奥岳の湯WEBサイト
コース中に登場しているスポットのおさらい
麺処 若武者
東北サファリパーク
くろがね小屋
あだたら山ロープ―ウェイ
3年という約束で引き受けた小屋番でしたが、いつの間にやら30年もたってしまいました(笑)。アルピニズム全盛世代の先輩から、山小屋のあるべき姿を守るよう教えられたのですが、はてさて、どこまでできたでしょうか。 安達太良山は、地元では幼稚園の年長組から登る山です。天候が荒れた場合でも、逃げ場となる登山道、登山口も多く、整備もいきとどいているいので、家族登山に向いていると思います。個人的には、子どもさんを連れていくならば、いかに山を好きになってもらうか。山登りを押しつけるのではなく、喜びをうまく引き出してもらえたらと思います。
一方で、強い風でも知られていて、ある学者にいわせると、北アルプスの気象条件と似ているとか。標高1,700mながら、ときにアルピニズム的な厳しさを見せることがあるので、舐めてかかると大変な目に遭いかねないことも覚えておいてください。
わたし自身は、雪が締まった3月の山が好きです。ワカンとスキーを使い、どこまでも歩いていったからこそ、安達太良の東側は任せておけという自負につながった。自分自身で自由を広げる、あの感じが好きですね。
安達太良山の魅力は、天候さえ許してくれれば、初めての方でも山頂に立てることだと思います。便利なロープウェイもありますが、麓から登ってゆくと、樹林帯、低木帯、森林限界を越えると荒涼たる大地が広がり、北アルプスのような稜線の風景が楽しめる、そんなところもこの山のいいところだと思います。
また、登山口が多く、野地温泉から入ると、鬼面山、箕輪山、鉄山、安達太良山と縦走を楽しめる。遡行に適した沢もあり、冬はバックカントリーライディングと登山の幅が広い点でも魅力です。そのうえ、くろがね小屋は通年営業しているので、雪見温泉も最高です。ぜひ一度、遊びにきてください!