東北地方において、一年を通してもっとも日照時間が長く、平均気温が高い土地として知られる、福島県いわき市。
そうした温暖さから「東北の湘南」とも呼ばれるいわき市に、東北6県はもちろん、首都圏のクライマーから注目を集める岩場があります。
地元山岳会のみなさんにご案内いただき、広く愛される「青葉の岩場」を訪ねてみました。
品川駅発の常磐特急「ひたち」で2時間と少し、降り立ったいわきの町は東京よりもふわりと暖かく、2月の頭だというのに、どこかしら吹く風に春の香りが……。
「海流の影響でしょうか、いわきの冬は暖かく、夏は涼しく、なかなか過ごしやすいところなんですよ」
この日わたしたちを案内してくださる、地元の山岳会「フィエスタの谷」の前会長・生田目(なまため)武さんは、そう話してにっこり。さっそく車に乗せていただき、お話をうかがう。東北にはいくつかの岩場があるが、真冬でもクライミングを楽しめるのは青葉くらいで、この時期は関東からも多くのクライマーがやってくるという。
「青葉が開拓されたのは30年ほど前、今日はその時代のレジェンドのひとり〈父ちゃん〉も来るからね」
同じ山岳会の荒井三津子さんが、にこにこと笑いながら教えてくださる。
青葉に拓かれたルートは、最難の「絆 5.13c/d)」をはじめとし、全部で60本ほど。岩場は、標高120mの里山の山頂部をぐるりと囲むように広がっているので、太陽の移動とともにルートを変えていくと、長い時間、陽だまりのクライミングが楽しめるという。そんな、生田目さんの言葉が耳に心地よい。福島の旅で必ず出会う、尻上がりのどこか懐かしいイントネーション ―。
(上)美しい竹林のなか、整備されたルートをたどって岩場へ
(中)生田目さんの指さす先は……
(下)広い太平洋なのだけど、残念ながら、この日は春のもやもや陽気
20分ほど走らせた駐車場で車を停め、ときわ台公園の遊歩道を歩き出す。途中からは竹林に続くたしかな踏み跡をたどってゆく。樹林帯を抜けると見晴らしのよい高台に出た。
「ああ、残念。いつもは青い海が見えるんだけど……」
2月の東北とは思えない春霞の向こうに、鈍色の海が光っていた。
「お立ち台」にトライする岩田さん。ビレイする「父ちゃん」との息もぴったり
長い手足を巧みに駆使し、「チープスリル」を登る根市さん
岩場は歩き出して10分ほどの場所だった。前面は海に向かって開けており、日差しがたっぷりと注いでいる。さっそく登らせてもらうのは、登山ガイドの岩田京子さんと、クライミングジム「ノーズ」町田店の店長・根市拓歩さんだ。わいわいと準備を進めていると、いっそうにぎやかな声が近づいてくる。件の「父ちゃん」こと勝見久男さんと宮崎ちひろさんだ。すると父ちゃんは挨拶もそこそこにロープを手に取り、岩田さんのビレイ(安全確保)についた。
「わたしがビレイをしたら、みんなおっかながって、いやでも登れるようになるからさあ」
笑いに包まれるなか、岩田さんと根市さんは肩慣らしの「お立ち台 5.8」をするりと登る。隣には水戸から来たという3人組が登っており、半袖姿の男性が岩を相手に奮闘中。生田目さんは手に取るような的確なアドバイスを、さりげなく送っている。
(上)開拓時代を知る、青葉が誇るレジェンド「父ちゃん」の勇姿!
(下左)ムードメーカーの荒井さん。60歳からはじめたとはとても思えない、身のこなし
(下右)そしてこの笑顔。「ここに来れば、誰かしら仲間がいるからね」
「次は父ちゃんも登ってみようよ」
明るく声をかける生田目さんに、父ちゃんがこたえる。
「今日はコーヒーとタバコを楽しみに来たの」
「年寄りは人の倍、練習しないと。今年は70歳の祝いで屏風岩(前穂高岳)に行くんでしょ!」
「去年の北鎌(槍ヶ岳)でこりごりだよ!!」
苦笑いしながら準備をする父ちゃん。クライミングは長いことやっているけれど、最近はちっとも登れなくて……そうこぼしながらも、どこか嬉しそう。生田目さんの檄と女性陣の声援を背に「カブトガニ 10d」へ。動きはゆっくりとしているものの、そこはさすがレジェンド! 岩の弱点を巧みに突いてみごとに完登、女性陣の喝采を受ける。そんな様子に生田目さんは目を細めた。
「父ちゃんはああいう人柄だから、ここのみんなに愛されているんです。彼がいない日は、父ちゃんはいらっしゃらないんですか、っていろんな人に聞かれて困っちゃうくらいです」
(上)去年の春に誘われて山岳会に入ったという宮崎さんの世話を焼く父ちゃん
(下)ルートのひとつひとつに着けられた札。地元のみなさんの青葉にこめる愛情、その欠片はそこここに
その後、岩田さんと根市さんは女性陣とともに「カブトガニ」、「チープスリル 10c」に登る。ビレイをする父ちゃん、温かく見守りつつここぞというときにアドバイスを送る生田目さん ― 青葉には緩やかな空気が流れていた。ここにはほかの岩場で散見する、ときにピリつくような緊張感がどこにもない。そうして、世代を超えた一体感を味わえるクライミング、その楽しさを改めて実感することができた。
「グレード感も程よく、初級者から中級者向けが多いうえに、上級者が楽しめるルートもある。特徴としては、砂岩なのに硬くて、そんなにザラザラすることもなく、安心してホールドを使えるため、かなり登りやすい、ということ。今回は登ってないのですが、「野獣死す 5.12a」というクラックルートが印象的。動きを想像しただけでも楽しそうで、見た目もカッコいい! 次回、リードクライミングでチャレンジしたいとと思います」
「まずは、2月というのに本当に暖かく、薄着でクライミングを楽しめることに驚きました。そして、ルートがたくさんあるので飽きないし、1本1本のルートが短めなので、何度もチャレンジできるのが嬉しかったです。ゲレンデまでのアクセスが整備され、ルートにはひとつひとつ札がついているなど、地元のみなさんの愛情があふれていて、居心地がとてもよかったです。もう一度、必ず遊びにいくので、そのときはまた、よろしくお願いいたします!」
圧巻のステージを展開し、老若男女を魅了するポリネシアン・グランドステージは、毎日開催
青葉をあとにし、この日の宿泊地「スパリゾートハワイアンズ」へ。なぜいわき市にハワイアン……そんな疑問に、スーツに身を固めた生田目さんがこたえてくれた(生田目さんはスパリゾートハワイアンズの部長さんでもある)。
「元々ここらは炭鉱町でした。ただ、石炭の質はそれほどよくなく、1tの石炭を掘るのに40tの温泉が出てしまう。なので、閉山になる20年以上前から次の展開を考えていたそうです」
(上)やってきました、スパリゾートハワイアンズ!
(下)南国ムードあふれるウォーターパークは、1000㎡にわたって広がっている
その経緯は、2006年の大ヒット映画『フラガール』でも描かれている。そうして、1分間に5tも出る温泉の使い道を最大限活用した施設が、スパリゾートハワイアンズの前身となる「常磐ハワイアンセンター」だったという。
さっそく水着に着替えてプールへ。お目当ては、高低差(40.5m)、滑走距離(283m)ともに日本一の規模を誇るボディスライダー「ビッグアロハ」だ。時速60kmを越えるという怒濤のスペクタクルは……わずか40秒がこれほどまでに長く感じるのかという……衝撃のスリル体験でした。
江戸時代初期の湯屋をモチーフにしたという「与市」をはじめとした温泉をはしごし、お楽しみのポリネシアン・グランドステージへ。ビールを片手に……と思ったのははじのうちだけで、祈りを思わせる神聖な舞いから豊漁を祝うような喜びのダンスまで、こめられた意味を読み取ろうと、夢中になってしまう。聞けば、ショーのダンサーを育てる常磐音楽舞踊学院は今年で55年目を迎え、『フラガール』で松雪泰子が演じた講師のモデル・カレイナニ早川さんは、87歳になる今も現場で指揮をふるっているという ― 一糸乱れぬその姿と笑顔、その裏に積み重ねてきた膨大な時間に思いを馳せる。「東北のハワイ」が長年愛される理由、その一端に触れたような気がした。
(上)ショーの後半では、見る側もステージに!
(下左)柔らかくジューシーなアワビのグリル
(下右)グランダイニング「ザ・パシフィック」にてディナーバイキングを楽しむ
端正な姿の白水阿弥陀堂。堂内には極彩色の文様、その名残が
2日目は、いわき市の見所をたずね歩く。まずはじめに訪れたのは、平安時代末期の1160年に建立されたという、国宝の願成寺白水阿弥陀堂。現存する平安時代の阿弥陀堂は数少なく、平等院鳳凰堂と中尊寺の金色堂以外は、ここを含めて3つしかないという。総檜造りのお堂内には、一部、極彩色の文様がその面影をとどめており、往時の姿をしのばせている。お堂を出ると、思わず深呼吸。静かな境内は水鳥が羽ばたく音がこだましていた。
(上)阿弥陀堂を包むように広がる池は、浄土の世界を再現したもの
(下)境内には静かな時間が流れる
願成寺 白水阿弥陀堂 がんじょうじ しらみずあみだどう
全長22mの巨大草食恐竜・マメンチサウルスがどーんとお出迎え!入口にはオオナマケモノの化石が
続いて向かったのは、一風変わった組み合わせを展示する「いわき市石炭・化石館ほるる」。いわき市一帯は本州最大の炭田であった一方で、化石の産地としても全国有数だという。石炭を求めて掘ったら化石が出た、という話なのだろうか。
「炭鉱があるのは3500万年前の地層からで、化石は8500万年ほど前の白亜紀なので、同時に出たわけではないんです」
そう話してくれるのは、学芸員の渡辺文久さん。炭鉱が眠っていることは分かっているので、コストのかかるボーリングをしても採算が合う……。その結果として、長年かけてあちこちを掘り、地層図が明確になる過程で、化石が出土したのだという。
館内は化石エリアと炭鉱エリアに分かれており、どちらも見応え充分。なかでも当時の現場を再現した模擬坑道はリアリティにあふれ、一見の価値あり!
ドキッとするほどリアルな模擬坑道。『フラガール』の道内シーンの撮影はここで行なわれたそう
道後温泉、有馬温泉と並ぶ日本三大古湯のひとつに数えられ、千年以上の歴史をもつという、いわき湯本温泉。江戸末期の様式を再現した純和風建築が旅情を誘う。源泉掛け流しの天然硫黄泉は、皮膚病、婦人病、高血圧症などに効果があるとされている。
いわき市常磐湯本町三函176-1
開館時間:10:00~22:00
料金:大人(中学生以上)300円/小人(満6歳以上小学生以下)150円
いわき湯本温泉 さはこの湯
「いわきのいいものぜんぶある」がキャッチフレーズの観光物産センター。小名浜港直送の海産物を味わえるほか、干物などの海産物の加工品やご当地グッズなど、およそいわきに関するお土産は、すべてここでそろう。観光遊覧船などもあり、食べる、買う以外の楽しさも。
いわき市小名浜字辰巳町43-1
開館時間:9:00~18:00
いわき・ら・ら・ミュウ
JRいわき駅前のショッピングビル「LATOV」内にある、海産物専門店が直営するお寿司屋さん。小名浜をはじめとした、東北の海の幸を堪能できる。特上丼(1700円)、特上武蔵(1700円)、北海丼(1200円)などがおすすめ。隣には海産物の販売コーナーがあり、お土産を買うのにも最適。
いわき市平字田町120
営業時間:11:00~14:30(ランチ)、17:00~20:00(ディナー)
海産物専門 おのざき
やまふく旅の声
山岳会では毎年、夏から秋にかけては日本アルプスに登っているんです。それがひと段落すると、草刈りからはじめます。岩場下のテラスは、夏の間の草で人が入れないくらいですから(笑)。 昨年は竹を200本ほど切りました。日が当たらないと、砂岩の岩場なので、苔が生えてしまう……
どこもそうですが、岩場は開拓者の苦労があってこそ楽しめる。なので、新しいルートを拓くときは、レジェンドにおうかがいを立てています。やっぱり勝手にはつくれないですよ。
草刈りは、若い仲間も付き合ってくれます。管理しているという気持ちではなくて、趣味ですね。青葉が好きで、そしてここのファンも多いんで、楽しくみんなに来てもらえたら、そうして帰りには温泉に入ってもらえたらと思っています。
やまふく旅の声
今年の4月に55周年を迎えるにあたりまして衣装を一新、テーマを「全力で生きる」としました。わたしたちが踊ることができるのは、55年の歴史であったり、これまで踊ってきた先輩や携わってくださった方々の思いがあってこそ。それを受け継ぎ、次につなげるという責任を感じながら、ひとりひとり取り組んでいます。
フラは、その時代の流行りや新しいものを取り入れもしますが、基本的にハワイのトラディショナルを受け継いでいますので、ぜひ一度、ご覧になってください。いわきの海の幸ですか? わたしはメヒカリが好きです!