「霊山に行きませんか?」編集部からお誘いのメールをもらった。「ん?レイザン?ずいぶん厳かな名前だな?白装束とか着るのかな?」私の霊山(りょうぜん)の知識はこの程度だった……。
聞けば、福島県伊達市にある低山で、奇岩怪石が続き、かなりエキサイティングな山でありながら歴史の舞台にもなった山だという。おまけに季節は秋。紅葉を目当てに登る人も多いとのこと。これは行くしかない!即、OKの返事を送った。
朝7時30分に東京駅で、モデルの吉岡さんと待ち合わせ。新幹線に乗りこんだら9時過ぎには福島駅に到着した。福島は思っていたより近かった。このまま山に向かい、日帰りもできてしまうが、福島駅から車で20分ほどに資料館があると聞き、立ち寄ることに。吉岡さんも私も初霊山なので、登る前に山の背景を知り、より深く、楽しんでしまおうという魂胆だ。
昔の霊山登山案内図
地元ガイドの奥田さんと駅で合流し、連れて行ってもらったのは伊達市保原歴史文化資料館。
学芸員の高橋さんにお話しを伺い、ここでちょっとお勉強。
霊山は貞観元(859)年に慈覚大師によって開山された。東北における天台宗布教の拠点となり、3,000以上もの堂塔(勤行の場)や僧坊(生活の場)が山中に造られ、「北の比叡山」とも言われていたそうだ。その後、南北朝時代に寺院の建築物が城として利用されることになり、その指揮をとったのが戦上手の美青年として名高い北畠顕家(きたばたけあきいえ)。建武4(1337)年に、霊山に国府を置き、北朝勢力に対抗したが貞和3(1347)年、無念にも落城。建物群はすべて焼失してしまったという。
ああ、なんとドラマチックな話なのだろう。あの険しい山容を見ると、そんなにも大規模な建造物があったとはにわかに信じがたいが、長い歴史をもつ山とはなかなか感慨深い。
展示室では書物や絵画などの文化資料を観覧。なかでも、伊達市が誇るヒーロー、「独眼竜」で名高い伊達政宗の直筆の書状(右上)はとても価値があるという
伊達市保原歴史文化資料館
頭を使ったらおなかがすいてきたので、ランチにしよう。できる限り福島県産の野菜を使い、素材を活かした料理が評判のイタリアン「トラットリア・ラ・ワサビ」へ。
トマトソースの手打ちパスタや、栗と木の実とミルクジェラートを載せたデザートピッツァなど、どれもおいしかったが、なかでも、じゃがいも「キタアカリ」のスライスを載せたピッツァは、じゃがいもの甘みをかみしめられ、パリパリの薄焼きで絶品だった。なるほど、この味ならいつも満席というのもうなずける。
基本のランチはパスタかピッツァのメインにサラダ、ドリンクがつくセット。デザートピッツァまで頼んだ食いしん坊の一行は、井川遥似の美人スタッフさんにピッツァを切り分けていただき、みんなで幸せを分け合った
トラットリア・ラ・ワサビ
おなかも心も満たしたら、今度は珍しいスポットへ。
廃校となった中学校をリノベーションした施設「里山がっこう」だ。お目当ては館内のパン屋さん「里山パン工房ポレット」。国産小麦と白神こだま酵母を使ったずっしりとしたパンや、米粉をつかったもちもち食感のパンなど、こだわりのパンのほか、おからを50%使った甘さ控えめのクッキーが並ぶ。添加物をいっさい使用せず、フルーツやナッツを混ぜ込んで食感や甘みを楽しめるパンとクッキーは、この場所の雰囲気とあいまって素朴な味がする。個人的にはいちじくが入ったパンがいちばんお気に入りだった。「これ、明日、山頂で食べようよ!」と、ほぼ買い占めるほど大量に買い込んでしまった。
(右下)2階は木工アートギャラリーになっている
その後に向かったのは霊山神社と霊山寺。
霊山のふもとにある霊山神社は北畠御一門を祀った神社で、開運、強運のご利益があるといわれ、政治家が必勝祈願に訪れるとか。紅葉の名所としても有名で、この日も多くの参拝者とすれ違った。気が付けば、車道入り口の鳥居の横に北畠顕家の立像がある。美しい切れ長の目が印象的だ。
(上)紅葉がきれいな霊山神社(下)こちらが霊山寺
一方、霊山寺は出会う人もなく、ひっそりと佇む寺だが、かつて山頂にあり、南北朝の戦いで焼失した寺を再建したもの。それも、明治に入って一時廃寺となりつつも、明治29(1896)年に現在の本堂を新築、みごと復活したというドラマ付き。
知れば知るほどおもしろい。奥が深いぞ霊山!
日が傾いた頃、ガイドの奥田さんが「とっておきの所があるんですよ」と、微笑みながら案内してくれた場所がある。それは、霊山の麓を通る林道。なんと、ここのヘリポートから望む霊山がベストビューなのだ。ゴツゴツとした岩肌に夕日が当たり、オレンジ色に輝く景色は、とんでもなく芸術的。全員で大興奮し、誰もいないのをいいことに「カッコイイ~」と絶叫しまくった。
登山口そばの「紅彩館」に泊まった一行は、ゆっくりめの午前8時30分にスタート。
すぐに黄色く色づいた木々に迎えられ、テンションも高度も上がっていく。
登山道の両脇にはいろいろな名前がついた巨岩が続き、名前を楽しみながら進んでいった。
急なハシゴを登る「宝寿台」の先にあったのは「見下し岩」。名前のとおり、せり出した岩の上から下界を見下ろせるのだが、先端へはかなり狭い岩場を岩にしがみつきながら進んでいかなければならず、スリリングこの上ない。「吉岡さん、気をつけて~!マジで!」の声が山にこだまする。
(上)これ、笑っているけどかなり怖い
(左)「天狗の相撲場」では高度感ある絶壁に立つ
これ以降も、とても足元は見られない、下がスカスカに抜けたハシゴを渡ったり、大きな岩を乗り越えたり、手に汗握る箇所が次々に訪れるのだ。みんなでキャーキャー言いながらアトラクション的な山登りを楽しんだ。そう、これこそが霊山の特徴であり、楽しみ方なのである。
ほどなくして、黒部の水平歩道を思わせる、岩がくりぬかれた登山道を通り抜けると「護摩壇」。ここはいちばんの絶景ポイントで、吾妻連峰と福島市内を一望できる。雪をかぶった飯豊山も望めた。「わ~!もみじのじゅうたん!」と吉岡さんが叫んでいたとおり、眼下には赤や黄色の木々がモコモコと敷き詰められていた。
ところで、この名前……。そうだった!あまりにも楽しすぎて忘れていたが、この山はかつて、修験の山であり、南北朝の戦の舞台になった山だった。おそらく、ここで護摩を焚いていたのだろう。ほかにも宗教的な名前の岩が多く、かつての山岳寺院の賑わいを彷彿させる。そして、「国司館跡」には建物の礎石が一列に並んで残っており、ここでたしかに政が行われていたのを物語っている。
(上)でっかいぞ!護摩壇からの眺め(左下)これが670年以上も前の礎石
しばし目を閉じて当時の姿を思い浮かべるのもいいだろう。奥田さんの「霊山はいろんな歴史を見ているんだね」という言葉が印象的だった。
少し先の「霊山城跡」は、案内看板があり、山頂広場と呼ばれているが、最高地点はここから10分ほど進んだ「東物見岩」。ぴょこんととんがった鹿狼山をはじめ、晴れていれば太平洋までのぞむことができる。休憩はぜひこちらで。
次に訪れる「蟻の戸渡り」は、両側が切れ落ちた細い道を緊張しながら進む興奮ポイントなので慎重に。巨大な岩「日暮岩」で、日が暮れるまで眺めていたい紅葉の山肌を見納めしたら、ほどなく登山口へと戻ってくる。
もう、笑いが止まらない登山だった。
(右上)その名も怖い「蟻の戸渡り」
コースタイムとしてはサクサク歩けば約2時間だが、この山はアトラクション気分でスリルを楽しむのが醍醐味。プラス1~2時間は長く考えておくようおすすめしたい。
登山口 - [20分] - 日暮岩入口 - [20分]- 護摩壇 - [15分] - 西物見石 - [15分] - 蟻の戸渡り - [30分] - 日暮岩入口 - [20分] - 登山口
霊山の登山コース紹介や観光についての情報はこちらにも掲載しております
中通りエリア
さて、無事に下山した私たちは、何度も振り返りながらも山を後にし、向かったのは「産業伝承館」。伊達鶏そぼろご膳が名物の農家レストランと、土産物屋さんがある古民家なのだが、ここで毎週日曜日に、地元のおばあちゃんによる語り部が行われているという。
「むか~し、むか~しのことじゃった~。じいさまとばあさまが……」
と、方言を交えながら囲炉裏端でこの地にまつわる民話を語ってくれるのだ。お話のレパートリーは多い人で300以上あり、リクエストにも応じてくれるというから驚いてしまう。
ほっこりとした気分と心地よい疲労感で福島の旅を終える。充実した二日間だった。
産業伝承館
保原歴史文化資料館に併設する明治時代の木造住宅。外観は洋風、建物内部は純和風の書院造りという特徴的な建物で、高級木材を贅沢に使い、凝った細工が施され、見ごたえがある。平成28年に国の重要文化財に指定された。見学は各自でしてもよいが、時間が許せば学芸員の方に詳しく解説をしていただくことも可能。
伊達市保原町大泉字宮脇265(保原総合公園内)
9:00~17:00
休館日:火曜(祝日の場合はその翌日)、年末年始
観覧料:大人210円(保原歴史文化資料館の観覧料を含む)※見学は資料館の事務所に声をかけてから。
伊達市WEBサイト
宿泊だけでなく、日帰り入浴やレストランのみの利用もできる。大きな窓にひろがるカッコいい霊山の姿を眺めながらの入浴は格別。登山口のすぐ近くなので便利。お湯は霊山の湧水を使用している。ロビーにある霊山のジオラマは必見。
伊達市霊山町石田字宝司沢9-1
入浴可能時間:10:00~20:00(12月~3月は18:00まで)
レストラン営業時間:11:00~14:00
入浴料:大人440円
りょうぜん紅彩館WEBサイト
コース中に登場しているスポットのおさらい
伊達市保原歴史文化資料館
トラットリア・ラ・ワサビ
里山パン工房ポレット
霊山神社
霊山寺
産業伝承館
霊山は一言で言うと「遊べる山」。標高が低いので低山のグループですが、その中でもユニークな山ですね。岩場があって登ること自体を楽しめるし、眺望もいい。特に秋は、岩の色に紅葉が映えて秋の景色をトータルで演出してくれます。夏は気温が高くなるのでちょっと辛いけど、それ以外の季節はぜんぶ楽しめます。冬だって雪は降るけどハードに積もらないので、重装備でなくても日だまりハイクを楽しめるんです。
今回は行かなかったけれど、じつは霊山城跡から北の方、霊山閣跡や湧水の里へも登山道が続いていて、こちらは春の花が見事なんです。ニリンソウやカタクリなどがきれいですよ。
それと、歴史好きな人にはこれも魅力。過去に修験道として開かれ、南北朝の争いにまきこまれた山、というのが興味深いでしょう。
民話ってのは教科書にのっていない土地の話を土地の言葉でするもんでね、私は、ばーさまから聞いた話が多いんです。最初はね、老人会の余興で何か出し物をすることになって、しゃべるのだったらできっかもしんないなーと思って、二つだけお話を覚えて話したんです。
それをやったらば、けっこう受けましてね(笑)、それからあっちこっちで話すようになって、だんだんお話の数を増やしていったんです。こないだ数えたら100ちょっとありましたねぇ。やっぱり、若い人には若い人むけの話、お年寄りにはお年寄りむけの話が喜んでもらえますから。子供たちなんかはよく「怖い話してくらんしょ」って言うしね。
お話を覚える時にはこれがなかなかね、書いたものを読んだんでは覚えられないんですよ。耳で聞くと覚えられる。それも全部まるまる覚えるんじゃなくて、あらすじを覚えて、それで自分なりに組み立てていくの。だからその人その人で違う表現になったりもするんです。