
江戸時代前期から後期にかけ約160年間続いた木地師の集落跡です。旧板小屋村で、その始まりは明かではありませんが、会津の領主蒲生氏郷が近江国(現在の滋賀県)から入部した際、漆器職人と共にやって来たといわれています。
木地師はトチ、ホオなどの木から手引きろくろを使い、膳や椀、盆などの木地工品を作り、若松や白河の漆器問屋へ持ち込み、現金収入を得ていた職人集団で、最盛期には28戸がありましたたが、天保の大飢饉により、村人は餓死または他の地へ移り住みました。屋敷跡の礎石や90基におよぶ墓碑群に当時の繁栄が偲ばれます。