登山と旅のコース案内
ライティング:中村亮子/イラストレーション:落合恵/カメラ:宇佐美博之
/モデル:落合恵、中村亮子、新井知哉
日本百名山として知られる那須連峰、実はその最高峰は福島と栃木の県境にあるって知っていますか?
今回は福島側の登山口から咲き乱れる高山植物、爽快な高原歩きなどバラエティーに富んだコースをたどり最高峰・三本槍岳へ。秘湯の温泉にグルメも満喫した夏の1泊2日の山旅をイラストレーターやクリエイターなどで作った山の会・岳泉会のメンバーが紹介します。
6時40分東京発の東北新幹線に乗り込むと、新白河駅まではなんと1時間半で到着。
毎度のことだけれど、福島へはあっという間に着いてしまうなぁ。
駅で地元ガイドの奥田博さんと待ち合わせ、レンタカーを借りてまずは甲子温泉へ向かう。今回の山行のメインは三本槍岳だが、奥田ガイドの「良い山ですよ」とのオススメもあり、まずは足慣らしも兼ねて甲子山に登ることにした。那須連峰の北に位置するこの山はあまり知られていないものの、単独でも十分楽しめる山なのだそう。登ったことのない山に向かう時はいつだってワクワクする。
今回の山旅メンバーは岳泉会からは私とイラストレーターの落合さん、そして岳泉会と一緒によく登ってくれるデザイナーの新井さんの3名。ムードメーカーの新井さんが加わって、ワイワイと楽しい旅になりそう!
スタートは甲子温泉(かしおんせん)の宿、大黒屋さんの横から。阿武隈川源流となる沢を渡れば登山道入り口だ。見上げると見事な幹のブナやミズナラの大木が上へ連なっている。温泉神社に無事の山行を祈り、林をゆっくりと歩き始める。ジグザグとした登り道はなかなか歩き応えがあり、汗がじんわりと身体中に溢れ出す。急登もありつつも、陽の光が射す深い林の様子は美しく、鳥の声を聴きながら気持ちよくウォーミングアップができた。
1時間ほど歩いただろうか、猿ヶ鼻と呼ばれる場所に到着。ここからはなだらかな道が続く。なんて歩きやすい登山道なんだろう。森林帯を駆け抜ける気持ちよさったらない。途中、奥田さんに夏の山の植物たち、鳥の落し物(きれいな羽に2回も遭遇の幸運!)の話など伺いながら、森の尾根歩きを楽しんだ。
羽の落とし物だけじゃなく鳥の鳴き声も賑やかな森だった
甲子峠分岐を過ぎると、また急登。足元が滑りやすいのでより慎重に下がっているロープを掴む。
岩場、粘土…と起伏に富んだ道を必死に登っていると、ふいにヒョイっと山頂に出た。
「着いたー!」と、バンザイポーズをする面々。小さいけれど、ぐるりと見渡す限りの展望が臨める甲子山山頂。
どーんと見える旭岳の姿が立派なこと!その左手には明日登る予定の三本槍岳もちらり見え、明日へのやる気もバッチリ大きくなる。
ひと休みのお供はもちろん地元おやつで。甲子温泉に向かう行きすがら、道の駅でGETした福まんじゅうを一口ほおばる。モチモチでふわふわの不思議な食感!甘さ控えめなあんこがたまらなく美味しい~。「し、しあわせ…!!」これぞ山頂のごほうびだよね!
(上)山頂から真正面に見えたのが旭岳で隣は三本槍岳
下山後も時間があったので、ちょっとした街のお楽しみに出かけることした。
まずはオープンしたばかりの「まるごと西郷館」(山頂で食べた福まんじゅうもここで売っている)。行きがけは時間がなかったので横目に見ただけだった地元で採れる食材の何と彩り豊かなこと! どれもこれも美味しそうでワクワクしてしまう。迷った末つめたーいアイス類や甘酸っぱいブルーベリー、地元ジュースなどに目がいき購入。どれも山帰りの疲労した身体と心に染み渡りました。こういう時、3人だといろんな物を買ってシェアできるのが楽しいんだよね。
ちなみにお土産物も地元クラフトビールなどやジャム類など充実してた。珍しいものだと落合さんが購入した生のルバーブは西郷村の隠れた名産品だとか。その他にも地元の方に勧められたじゃがいもまんじゅうや湯葉など、ここならではの魅力が詰まっていた。
西郷館を後にしたら、お隣、白河市の南湖公園まで足を伸ばし、うわさの洋館カフェ「ランプカフェ」へ。
公園内にあるこのカフェ、何と明治16年に西白河郡役所として建てられ、南湖公園に移築・復元された明治記念館なのだそう。歴史を感じる静かな佇まいがたまらない! 店内もアンティーク家具が置かれ落ち着いた雰囲気。さっきまで山登りしてたことがウソみたいに、静かに流れる時間の中、お茶を頂いた。次回はぜひケーキも食べてみたいな。
山も街も堪能して、今日のお宿「元湯甲子温泉 旅館大黒屋」に戻った。休日はもちろん平日の予約も取りにくい人気の宿。白河藩主松平定信公が愛した温泉郷であり、古くから湯治場として知られた歴史ある秘湯の名物は阿武隈川渓流の谷底にある大岩風呂。お宿自体は2009年にリニューアルされつつも、お部屋も温泉も昔の佇まいをちゃんと残してあるので雰囲気バツグン! 薄暗い中ランプに照らされた木の梁がぼんやり湯気の向こうに見え、趣きは最高。お湯の温度もちょうど良く、ずっと浸かっていたくなる程だった。
夕食は地元の食材をふんだんに使い、丁寧に調理された創作和食。
小鉢も福島牛のセイロ蒸しもおいしかったけれど、岩魚の姿焼きや呉汁の滋味深い味わいをゆっくり楽しんだ。そして何より炊きたてのつやつやご飯の美味しさはさすが東北。ご飯も呉汁もしっかりお代わりさせていただき、明日への英気を養わせて頂いた。
(上)プールのように大きな浴槽。この底から源泉が自噴している
翌日は行動時間が長いことを予想して6時40分に大黒屋を出発。行けるところまでは車で林道を行き、大峠林道終点である登山道入り口から山へ。ちょっと歩くと突然、奥田さんがパンパンパンパン! と手を打ち始めた。朝は熊の活動時間…ということで熊よけなのだそうだが、ちょっとした仕草がとても凛とされていて、まるで山の神様への柏手のようだな、と思った。一行でそれぞれが手を打つことで、まるで「お邪魔します! よろしくお願いします」と山に伝えているようだった。
鏡ヶ沼の分岐点からは沢づたいに歩いていく。本来雨や雪解け水が流れる沢はガレ場のようになっていて足元に気をつけながら登る。昨日の森林帯よりも全体的にワイルドな道だが、カラマツの林を抜けると笹原の向こうに草原が広がり、目の前の景色が急に開ける。まるで桃源郷のような世界に「うわあ…!!」と盛り上がる。ダケカンバたちの面白い幹の形もそれぞれ個性的で浮き浮きしてしまう道だった。
「ダケカンバはね、森のパイオニアと呼ばれているんですよ」と奥田さんが教えて下さった。幹がよく曲がっているのはしなやかに曲がることができることで森林限界の土地や斜面にもうまく順応することができるのだとか。環境適応能力の高さ、人も見習いたいものだなあ。
笹原でどんどん道が狭まり、なかなか歩くのも困難だな…、と思い始めた頃、鏡ヶ沼へ到着する。
誰もいない静かな沼だが、よく足元をみると無数の鹿の足跡があったり、木にはモリアオガエルの卵が生育されていたり、生き物たちの生態系も感じることができた。湖面にはダケカンバや山の風景が映し出され、まさに鏡のようで美しい。沼を出発する時、青いトンボが無数に湖面上で飛び遊んでいる。奥田さんに伺うと貴重なアオイトトンボらしい。そんなに見られるものではないらしく、幸運だった。
大峠林道は2021年9月現在、林道の部分崩落のため登山口の駐車場500m手前から先へ、車両の通行ができません。車でお越しの方は手前の日暮の滝展望台の駐車スペースに停めて、そこから林道を1時間10分程、歩いて登山口まで移動してください。
なお、最新の道路状況については、下記までお問い合わせください。
下郷町観光協会 電話:0241-69-1144
鏡ヶ沼ですっかり疲れも癒され、いよいよ尾根を目指そう! となったけれど……ここからがなかなかのハード山行だったとはつゆ知らず…! 道はだんだん急斜面になりロープなしでは歩くのが難しくなってきた……その角度45度(!)。必死でロープをつかんで登りながらも、奥田さんの目線はいろんなところを捉えている。「ほら、足元見て」とおっしゃるので見ると、赤い小さな花がたくさん落ちていて地面が素敵なことになっていた。見上げるとその赤い花、ベニサラサドウダンが見事に咲いていた。急斜面の束の間の癒しポイントだ。どんな時でも小さな発見があること、見逃したくないなぁと思った。
(上)急登を登りきると眼下には鏡ヶ沼が!
約20分の急登のあとはいよいよお待ちかねの尾根歩き。標高1800Mの空中散歩のはじまりだ。
歩いている側から小さなかわいらしいお花がちょこちょこ登場。ハクサンシャクナゲ、ゴゼンタチバナ、ネバリノギラン、オニアザミ、ヤマグルマにマルバシモツケ……次から次へと出てくるかわいいお花たちの名前を奥田さんが教えてくださるのが楽しくて楽しくて、思わず質問攻めにしてしまった私たち。知らず知らずにテンションが上がっていたのか、何やかんや皆でずっとおしゃべりをしながらずっと笑っていた気がする。言うなれば大人のプチ遠足。
(左上から時計回り)ヤマグルマ/ベニサラサドウダン/ゴゼンタチバナ/ハクサンシャクナゲ
花の種類も歩く場所によって色々と変化に富んでいく。尾根状の分岐を過ぎたあたりからハクサンチドリ、ハクサンフウロウといった白山系のお花が増えてきたり…あぁやっぱり夏の登山のお楽しみは地上では出会えない高山植物を見られることだよなぁ。
(下左から)マルバシモツケ/ハクサンチドリ/ハクサンフウロウ
さあ、大峠分岐を過ぎたらいよいよ那須連峰の最高峰、標高1917mの三本槍岳頂上へ到着。
ちょうど12時前でお昼ご飯! 宿で握ってもらった大きなおにぎりをほおばり幸せを噛み締める。
45度斜面は大変だったものの、時間的にも内容的にも確かにこれが三本槍岳までの最短コースというのはうなづける。特に後半は景色が良過ぎていつの間にか頂上に着いていた感覚だった。那須岳へのアプローチの意識がちょっと変わったかも?
山頂を後にして、とりあえずまた大峠分岐まで戻り、今度は流石山方面に少し歩き、お花畑へ向かう。
流石山(ながれいしやま)頂上まで行かずとも、その途中で群生地域が点在しているのだとか。尾根歩きを始めてからずっと西に見えていた流石山がどんどん近くにつれ、お花の数も増えてきて……そして見えてきた! あの黄色い花はニッコウキスゲ。しかもポツポツ、というよりは一面に咲いている~! ニッコウキスゲというと湿原などに咲いているイメージが強かったけれど、標高2000M近いところでもこんな群生してるなんて驚き。その光景はまるで夢のようにきれいだった。
「ニッコウキスゲは一日花なんですよ。その代わり蕾がたくさんあるでしょう?」と奥田さん。
確かに! 蕾が1つの茎にいくつもついている。そう思うとこの花たちの儚い美しさに泣きそうになる。
有限の時、出会いに感謝。
(左)奥の山は三本槍岳。手前のお花畑は大峠から流石山に至る登山道脇。
帰りは大峠分岐から尾根を下り、30分もすれば最初の鏡ヶ沼分岐まであっという間に戻れてしまった。
この道は旧会津街道であったことを奥田さんが教えてくださった。はるか昔、参勤交代の為にお殿様はじめたくさんの人が同じ道を通ったことを思い馳せながら帰路についた。
林道終点 - [50分]- 鏡ヶ沼 - [20分] - 尾根上の分岐 - [50分] - 三本槍岳 - [55分] - 大峠 - [30分] - 林道終点
三本槍岳の登山コース紹介や観光についての情報はこちらにも掲載しております
会津エリア
下山後は地元の温泉施設ちゃぽランド西郷で汗を流してさっぱりした私たち。帰る前にどうしても食べたかった白河ラーメンを駅寄りのお店で見つけて食べることができた。同じく福島が誇る人気の喜多方ラーメンと同じく、スープは醤油ベース、でも麺が喜多方に比べると麺がさらに縮れていてスープがよく絡む感じ。つるっとモチっとしていて美味しかった~。
2日間の山旅、両日とも山自体は日帰り登山だったのにどちらも満足度が高いコースだったな。特に2日目は沼から急斜面からプチ縦走、お花畑までも楽しめたし大充実してた。その間にカフェやお買い物、老舗温泉宿…と、またしてもよくばりな福島を堪能させて頂いた。福島側からの那須連山へのアプローチを中心にした山旅、くせになりそうな。また岳泉会でも提案してみようっと。
イラストレーターや料理研究家などが作った岳泉会メンバー。会として山や温泉、そして山麓観光の楽しさを提案した書籍『よくばり温泉マウンテン』(パイ インターナショナル) を刊行。
中村さん:
那須は岳泉会にとって初めて登山をした思い出の山だったけど、実は前に登ったときは福島側からも登れるって気がついていなかったんだ。
落合さん:
私も!三本槍岳はインパクトのある名前だから気になってたけど、福島県の山だとは知らなかったよ。
新井さん:
那須に登ったことのある人は多いけど、福島と栃木の県境の山だって意識している人は意外に少ないかもしれないね。
中村さん:
那須にはもう登ったことがあったから「知ってる山だ」って思ってたけど、福島側から登ってみたらすごく新鮮だった。
落合さん:
コースが変化に富んでいたのが良かった! 草原とか池とか急登とか(笑い)、栃木側とはぜんぜん違っていたし、お花畑もあったしプチ縦走気分が味わえたよ。
中村さん:
あと、今回は山岳ガイドの人と一緒に登れたから安心だった。ずっと自己流の登山を続けてきたから今日はいろいろ教えてもらえてすごく勉強になったな。
落合さん:
山麓の観光も楽しめたね。大黒屋の温泉は最高だったし、まるごと西郷館も美味しかった。あと何より地元の人が親切だった!
新井さん:
僕は静かな山旅が好きなんだけど、今回のコースは理想的だったな。また季節を変えて今度はひとりで来ようかな。
中村さん、落合さん:
夏合宿の感想が「今度はひとりで来よう」って…。もう誘ってあげないよ(笑)
登山口に一番近い道の駅。下郷町の農産物・加工品などが揃い、レストランからは南会津の山々が望める。朝8時から営業しているので足りない食材を買って登るのも良い。ただし、お弁当が売っていない場合もあるので手前のコンビニで調達した方が確実。
下郷町南倉沢字木賊844-188
営業時間:8:00~18:00(12~3月は17:00まで)
レストラン:11:00~18:00(12~3月は17:00まで)
休館日:12月31日、1月1日(2日間)
おいでよ!南会津(道の駅しもごう)
福島県内で喜多方と並ぶご当地ラーメンが「白河ラーメン」。醤油ベースのスープと縮れ麺が特徴。100を超えるラーメン店があるが人気のお店は行列必至。また、スープがなくなり次第閉店のお店も多いので訪問前に問い合わせをしておきたい。
白河ラーメンのお店情報はこちらから
白河観光物産協会ホームページ(白河ラーメン)
山行中、色々な箇所で奥田さんよりご教示を頂きました。
知識として聞いたことはあっても、改めてプロから教えて頂くことはなかったので、とても参考になりました!
山の歩き方は小股でゆっくり、と教えてもらいましたが、ご一緒に歩かせて頂いて、先頭を歩く奥田さんが本当にとてもゆっくり歩いてくださっていたのが印象的でした。恐らく私たちの登山レベルに合わせてくれていただろうとは思うのですが、自分達だけで歩いているとどこかで無理をしてしまう所も今回の山行では終始良いペースで歩けたと思います。
ゆっくり無理をしない速度で歩くこと。
歩幅は登りくだり問わず小股の方がいいとのこと。
意外と知られていないのが持ち手の持ち方。
上の方を持つ方が多いかもしれないが、下の方を持つと重心が下にかかるので身体は楽。
がぶ飲みではなくて、2口ぐらいを飲むのがちょうど良い。
喉乾いたな、と思ってから飲むのは遅いので、こまめに飲むこと。
登り始め、下り始めで靴の紐は結び直した方がケガを防げる。
直す時は地面ではなくて、石などの一段高い所に足をのせ、そこで結ぶこと。