慰子妃殿下は、高松宮宜仁親王妃喜久子殿下の母方祖母にあたります。すでに天鏡閣(明治41年建設)がありましたが、高松宮宣仁親王殿下は御還暦前の慰子妃殿下を気遣われ、御保養のために一年余りの歳月をかけて伝統的和風住宅を完成させました。
慰子妃殿下は大正11年の夏、完成した別邸で避暑期間を御静養されましたが翌年6月29日、60歳で薨去(こうきょ)※なされました。伏見宮家・閑院宮家・八条宮から京極宮を経たのちに桂宮を称した宮家と並ぶ、四親王家の名門・有栖川宮家は、江戸時代初期に創設されたその歴史に幕を閉じました。
その後、旧高松宮翁島別邸は昭和27(1952)年12月、高松宮殿下より福島県に御下賜されました。以来、天鏡閣と共に離れの日本間「福島県迎賓館」として、昭和天皇・上皇陛下をはじめ多くの皇族を迎え入れ、皇室歴史に深く関わり現在に至ります。
平成11(1999)年5月13日、国の重要文化財に指定され、令和4(2022)年に築100年を迎えました。
皇族・三位以上の人が亡くなること。